ブリオリウスの妄想

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西遊記で見るドラゴンボール①~主人公と師匠から見る物語のテーマ

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*以下の作品のネタバレや情報を含みます。

漫画:ドラゴンボール(含:超)封神演義(ジャンプコミックス)
小説:西遊記、後西遊記、他の四遊記:東遊記、南遊記、北遊記、ラーマーヤナ

仏教、道教、ヒンドゥー教

*ドラゴンボールと西遊記両方に知識のある方向けですが、どちらかを知っていれば読める文章にしております。  

鳥山明先生繋がりということでもないのですが、筆者はドラゴンボールも大好きなのでドラクエネタに紛れてドラゴンボールという作品についての考察もいたします。今回はストーリーの基盤となっている本家西遊記との関連性を考察して、鳥山先生に対して共感能力を行使、先生が如何にしてドラゴンボールという物語を紡いだのか理解を深めれればと思い筆を執りました。

はじめに

「ドラゴンボール」の元ネタは中国の有名三大奇書(『水滸伝』『三国志演義』『西遊記』)の一つである「西遊記」だという事は説明するまでもないと思います。ネットを見たところ「ドラゴンボールの西遊記要素は序盤だけ」というのが通説のようですが、西遊記の知識がある方ならばこの説は誤りであるということがすぐわかります。

実際作者も西遊記要素は初期までと語っています。これは正確に言うと「天竺までお経を取りに行く冒険要素」に関してはたしかにが初期のピラフ城までとなっておりますが、他の西遊記要素は最後の最後まで見え隠れしているのがわかるのです。

ということでドラゴンボールでは作品終始にわたって西遊記要素が散りばめられており、それどころか物語は「西遊記」以外の「四遊記」と「後西遊記」西遊記の元ネタの一つである古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」やこれらの物語に関連した道教と仏教の逸話にも及んでいることがわかるので、そういった観点でドラゴンボールを見ると再発見や新たに納得する事柄もあるかもしれません。

各キャラ紹介は基本的にアニオリキャラを含まない原作漫画からとなります。また順番は概ね時系列となります。「超」も原作と同じ世界線として扱いますが、漫画の方はまだ読んでいないのであやふやな部分もあります。

第一回は西遊記とドラゴンボール両作品における主人公の孫悟空とその師匠たちに焦点を合わせることによって、ドラゴンボールという物語のテーマを探りたいと思います。

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ドラゴンボールキャラ元ネタ解説

孫悟空 

西遊記では:孫行者、玄奘、闘戦勝仏

ヒンドゥー教では:ハマヌーン

孫悟空、美猴王、斉天大聖、孫行者、闘戦勝仏

西遊記の孫悟空に関しては、石から生まれてサルたちの王をやっていた最初期の頃が「美猴王」、天界を騒がせた妖仙時代は「斉天大聖」、三蔵法師に随行して天竺へ向かっていた時代は「孫行者」、天竺でお経を取得した後は「闘戦勝仏」と時期によって呼称を変えておりますが、これらの各時代の悟空も便宜上別人格として扱います。根っからのバトルマニアであるドラゴンボールの悟空なので「闘戦勝仏」というイメージはぴったしですよね。

解説

ドラゴンボールの孫悟空の元ネタはもちろん「西遊記」の「孫悟空」ですが、その前半は「孫行者」、終盤のセル戦で死亡時した後は「闘戦勝仏」の性格を受け継いでいます。そのために妖怪として天界等で大暴れした西遊記の悟空の初期の時代の「美猴王」と「斉天大聖」の性格が薄いのが両者の最大の違いです。ドラゴンボールの悟空は斉天大聖と違って驕り高ぶることをせず粗暴な振る舞いもせず、初期の西遊記の悟空のように無暗に暴れることはありません。

斉天大聖のころの西遊記悟空は自身の強大な力に酔い、やんちゃの限りを尽くして天界を騒がせ、天の軍勢と戦いました。この反面ドラゴンボールの悟空はレッドリボン軍を壊滅させた戦闘狂であり終始向上心の塊で食欲は異常ですが、色欲や物欲がなく修行僧のような高潔でストイックな心の持ち主です。これは三蔵法師のオリジナルである「玄奘」という人間から来た性格だと思われます。三蔵法師役のブルマがあのような性格なのは、高潔さの要素が悟空に取られてしまったからなのです。やはりヒーローとしては玄奘の要素は欠かせないと言うことでしょう。またこの高潔な救世主的な人格はインド神話の猿神ハマヌーンから来ている要素も大きいと思います。

また、悟空の本名である「カカロット」は西遊記悟空が生まれた花果山(かかざん)からきており、カカザンとキャロット(ニンジン)を掛け合わせて「カカロット」となったと考えられます。ニンジンも西遊記と所縁の深い野菜で、ニンジン果という寿命が延びる有難い果物が西遊記にあるのです。

不老不死

ドラゴンボール定番の「不老不死の願い」これも西遊記の要素の一つで、死ぬことを恐れた西遊記の悟空が最初期の美猴王の頃から切望していた願望でした。悟空が仙術を学んだ動機も不老不死の為で、やがて閻魔帳の自分の項目を黒塗りにし、斉天大聖の頃に天界の桃や金丹などを食べ序盤で早々と不老不死を達成させておりました。 その反対にドラゴンボールにおける悟空は一度も不老不死を願ったことがないというのも西遊記との大きな違いなのです。

筋斗雲

ドラゴンボールでは乗れる雲として登場した筋斗雲ですが、西遊記では筋斗雲の「術」なので瞬間移動系の技になります。そもそも西遊記だと仙人であれば大体雲に乗れるので珍しくありません。「筋斗」とは宙返りを意味するので、文字通り宙返りをして雲に蹴って10万8000里を一瞬で飛ぶ術という解釈となります。なんか雲を使った三角飛び移動みたいなイメージなので、キャプテン翼にいる東邦学園の若島津君みたいな伸びのあるジャンプをイメージするといいでしょう。

ちなみに10万8000里は単純にキロに直すと424145キロメートルなので、西遊記の悟空は一飛びで地球を10周できますし、一瞬で月(地球との距離384400キロ)にもいけます。一瞬を一秒と仮定すると光速を超えウラシマ現象が発生し理論的にタイムトラベルすら可能な速度となるので黄金聖闘士よりもすごいのがわかります。これは地球上で使うにはオーバースペックすぎる技なのですが、ドラゴンボールに登場した界王星へと続く「蛇の道」は1000000キロなので、この筋斗雲の術を二連使用しても辿り着けない距離です。

ドラゴンボールでの筋斗雲は能力的には劣化ながらも少々のマスコット要素も兼ねた殺されることもある生きていて乗れる雲として登場しましたが、「筋斗雲の術」としての瞬間移動の要素はやがて悟空がナメック星戦後のヤードラットで覚えた「瞬間移動」として日の目を見ることとなりました。こちらの瞬間移動は距離の制限がない分、気を感じ取らないと移動できないので、実質相手の気を感じ取れる距離が最大移動距離となります。ただ相手の場所を知っていれば、あの世でも蛇の道の向こうでも一瞬で移動できるみたいなので移動範囲は実質無限の次元移動系のようです。

如意棒

如意棒に関しては西遊記からそのまま持ってきた感じです。西遊記では終始悟空のメインウェポンとして使われていた如意棒ですが、DBでは初期の悟空を代表する武器でしかなく、悟空が強くなるにつれて出番が減っていき、ピッコロ大魔王との死闘で使われたのを最後に神の神殿へと行くために本来の保管場所であるカリン塔の先端に奉納され、以後使われることはなくなったと記憶しております。一つ言えることはどちらの作品でも如意棒は絶対折れることがなく、西遊記とドラゴンボールどちらの世界でも凄く硬い物質でできているようで、例えばスーパーサイヤ人の悟空が振り回せばその能力と相まってかなりの規模の破壊力が出せる気がします。神界にあるゼットソードと比べてみたいものです。

火眼金睛と大猿、そして超サイヤ人

西遊記で斉天大聖悟空が天界で太上老君の八卦炉に入れられ際、煙にあぶられヤケになって発動した緊急モードの一つ「火眼金睛(かがんきんせい)」(赤い瞳に金色の虹彩状態)というのがあります。八卦炉の煙に燻されて目が赤くなったともいわれておりますが、これを孫悟空に当てはめると火眼は赤い目が印象的な大猿状態、金睛がスーパーサイヤ人の黄金状態を連想させます。そして原作にはありませんが正史となっているドラゴンボール超の赤い目のスーパーサイヤ人ゴッドが「火眼金睛」なのでしょう。

大猿が最初に登場したのは、最初の冒険で悟空たちがピラフ一味に捕獲され、日が昇ると部屋が蒸し焼き状態になる炎熱部屋の閉じ込められた際、赤い目の大猿状態で脱出した時が最初ですが、これは太上老君の八卦炉に入れられた西遊記の悟空が火眼金睛モードで暴れ出たエピソードから来ていることがわかります。なのでこの大猿に変身するという設定はもちろん、スーパーサイヤ人ですら西遊記から来た要素だというのがわかります。

終盤の悟空

西遊記の最後に悟空は「闘戦勝仏」の称号をもらい公的な神性を得るのですが、これ以後は「東遊記」といった他作品でゲスト参加したりとかなり自由な身分、これはドラゴンボールだと、下界に1日遊びに来たりと言った、あの世の神にも認められ対等な付き合いをしている終盤の悟空と捉えることができます。

孫悟飯(息子)

後西遊記で言う:孫悟空、孫履真

連載を終わらせようとした鳥山先生がジャンプ編集によって連載を継続するように要望されたため、さらなるネタを求めて「後西遊記」を参考資料にしたことは想像に難くありません。「後西遊記」はかなり後の清の時代に作られた西遊記の後を謳う同人小説で、孫悟空の後継者として「孫履真」という猿が新たな主人公に据えられています。この作品は多少ひねりの効いた西遊記の焼き回しらしいので、引き伸ばしを要求されたドラゴンボールにはぴったりな資料なのかもしれません。

孫履真は孫悟空と血のつながりこそありませんが、同じ花果山の石から生まれた実質的な後継者です。当時の悟空より素行が良い部分は行儀の良い孫悟飯と共通します。 また孫履真がピンチになると西遊記の悟空や三蔵法師たちが助けに来るところも同様で、ドラゴンボールの悟飯も先人に助けられる場面が多かった気がします。

こちらと同様ドラゴンボールでもセル編で孫悟飯を新たな悟空(主人公)にしようと考えたようですが、後西遊記同様期待したほど人気が出なかったため、ブウ編の途中から悟空が主人公に戻ったようです。 

悟空の師匠達

ドラゴンボールで最も有名な師匠は当然武天老師こと亀仙人ですが、悟空はその他にも孫悟飯、カリン様、ミスターポポ、神様、界王、超ではビルス様とウィス(アニメを含めると武泰斗様等)と様々な人物から武術の師事を得ております。また武術は教わりませんでしたが、ブルマも悟空の心の成長に欠かせない師匠で、山暮らしの悟空が文明社会に馴染めたのもブルマのおかげでした。

西遊記の悟空の主な能力である72変化や筋斗雲の術といった仙術は、師匠である「須菩提」という仙人から学びました。須菩提の師匠は史実では釈迦如来、もうひとりの師匠である三蔵法師の前世の金蝉子の頃の師匠も釈迦如来なので、孫悟空は字の如く釈迦如来の正当な「孫」弟子ということにもなります。

とにかく西遊記の悟空の師匠といえば須菩提、この一見地味な名前の人物はこの最強の石猿に悟空と名づけて師事できるほど大物なのですが、以下の亀仙人と孫悟飯(じっちゃん)の項目で説明します。 

亀仙人/武天老師

西遊記で言う:須菩提(しゅぼだい)、釈迦如来

ヒンドゥー教で言う:スプーティー

須菩提

「須菩提」とはお釈迦様の10大弟子のひとりで「解空第一」「被供養第一」「無諍第一」と称される実在の聖人で、西遊記では悟空の仙術の師匠にして、この石猿に悟空という名を授け、主たる能力の筋斗雲の術と72変化の術等を師事した人物です。実はお釈迦様直系の弟子でかなりの大物、スペックの高さ故か、初期の悟空の修行時代以降は登場しませんでした。悟空という名前は須菩提の持つ「空」の教えを悟ることを願って命名されたものなのでしょう。ちなみに仙術を他の者に披露する事は難く禁じられていたので、これを破った悟空は破門されました。

解説

亀仙人とその元ネタにの「須菩提」の関係については調べるほどに興味深く、きちんとした考えのもとにキャラが成り立っているのがわかります。

西遊記では悟空の最初の師匠で悟空の主たる能力である72変化や「筋斗雲の術」を授けた仙人。西遊記ではこちらでは術となっておりますが、悟空に筋斗雲を授けるという部分は武天老師と同じですね。

また亀仙人は天下一武道会で、悟空に「上には上がいる」ことを最初に教えた人物であり、西遊記でこれに当たるのが天狗になった悟空をたしなめ封じた釈迦如来です。須菩提の師匠は釈迦如来なので、亀仙人の師匠である武泰斗も釈迦如来の要素を持ちます。

空を教えを悟る

「解空第一」とは「空(くう)」の教えに最も精通しているということ。悟空という名前の由来である「空を悟る」というのもここから来ています。この「空」とはお空の事ではなく、より時空的因果的なもので仏教における世の中の真理の一つだと理解しております。悟空とブルマとその仲間たちが集まり世界を救ったのも「空」という因果がなせる業なのです。

ちなみに「解空」の対になる言葉は「無天」と解釈できるのですが、この「無天」を武道家っぽく「武天」に変じて「武天老師」となったのではないかと思っています。また西遊記のその後を謳う同人作品「後西遊記」に「無天佛祖」というラスボスが登場しており、こちらからも拝借している可能性もあります。

この「解空の教え」ですが、ドラゴンボールの作中においては、最初のピッコロ大魔王を倒した後に神様のもとでの修業で得た「無の境地」がれの第一段階だと考えます。また超における「身勝手の極意」もこれの発展型で、空の教えに対する一つの悟り状態なのでしょう。主人公の名前が「悟空」であることから、西遊記とは孫悟空が不老不死を願った末に「空」を「悟」って仏に至る物語なので、西遊記が基となった作品群も自然とそれに準じる事が多いです。この事から超の「身勝手の極意」とは悟りを開き「空」の因果律を制御する能力ではないかと睨んでいます。なんだか宗教っぽい話となりましたが、西遊記自体道教と仏教がベースになっているのでそれをもとにした作品も例外ではないのです。 

争わない

「無諍第一」とは字の如く、言い争いを含めたすべての争いをしない事なのです。亀仙流は護身術なので亀仙人も武道の師匠の割には平和主義でその修行は蜂の攻撃をよけたり、サメから逃げたりと身を守る修行が多かったと思います。

しかしドラゴンボールはバトル漫画なので戦わないわけには行かず、その代わり悟空が戦うときは憎しみといった負の感情よりも例の「ワクワクすっぞ」に代表されるポジティブな感情を全面に出して戦っているのです。

萬國驚天掌(ばんこくびっくりしょう)

武天老師の大技に「萬國驚天掌(ばんこくびっくりしょう)」があります。よく考えてみるとこの技、想像を絶する苦しみを味わう割には威力自体は大したことがない相手を降参させることに特化した大変慈悲深い技です。

西遊記の逸話で天狗になった悟空が釈迦の掌で遊ばれ、上には上がいることを痛感させられる『お釈迦様の手の上の悟空』という有名な話がありますが、最初の天下一武道会では掌で悟空を降参直前まで追い詰めた『武天老師様の手の上の悟空』という構図がさり気なく披露されていたのです。中国武侠小説の有名な如来ゆかりの必殺技に「如来神掌(にょらいしんしょう)」という技がありますが、「萬國驚天掌」は「万国びっくりショー」のシャレであることはもちろんですが、更にこの「如来神掌」が元ネタになっていると考えます。実際悟空はこの技をかけられてギブアップの言葉を途中まで言いかけたので、大猿化というハプニングがなければここで既に悟空は敗北しているのです。『お釈迦様の手の上の悟空』というこの逸話、ひねくれ者の鳥山先生が描写するとあっと言わせる展開で覆ることになるのです。

にしてもこの大猿化した悟空をも撃破し更に本体にも勝利して天下一武道会で優勝した武天老師、正に当時としては釈迦如来の如くの働きでした。

たとえ悟空が地球来訪時に記憶を失わずに本来の地球人を滅ぼす使命を遂行しようとしても、亀仙人に阻止されてた事でしょう。

被供養第一

ということで「解空第一」と「無諍第一」の要素を持ったのが武天老師、「被供養第一」に関しても作中ピッコロ大魔王と戦い魔封波を撃って死にましたが、死亡している期間が少ない割にはみんなによく供養されておりました。 

孫悟飯(じいちゃんの方)

西遊記で言う:須菩提

空(宇宙)から飛来してきた赤ん坊に自分の名前から一字をとって「悟空」という名をつけた育ての親。有名な武術の達人でしたが物語開始前に大猿化した悟空に踏み潰されて死亡してしまいました。武道の達人として有名だったため、物語各所でその死去を憂う声が挙がる孫御飯は作中で最も供養されているキャラで、こんな所でも須菩提の持つ「被供養第一」の要素が活かされているのには驚きです。悟空という名を授けた部分も須菩提と同様です。

武術面では孫悟飯は悟空にオリジナル技の「ジャン拳」を伝授した最初の武術の師匠です。何故じゃんけんなのかと考察すると、自分が老い先短いと感じた孫悟飯は先ずこの技を伝授することにより、戦闘の極意とは「相性」であることを悟空に学ばせたかったのだと考えます。素早く相手のスタイルに対処できるという悟空の戦闘スタイルの礎となった師匠なのです。

亀仙人と孫悟飯、最初の師匠としての須菩提の要素はこの二人が受け継いでいるのがよくわかります。 

ブルマ 

西遊記で言う:三蔵法師、金蟬子、蠍の精、羅刹女、文殊菩薩

インド神話で言う:ラーマ

三蔵法師、玄奘、そして

三蔵法師というのは尊称で歴史上に三蔵法師は何人もおります(日本にもいるぐらいです)。そのための差別化として日本では西遊記の三蔵法師を「玄奘三蔵」と呼び、本場中国では唐の国の三蔵法師ということで「唐三蔵」と呼んでいます。

西遊記の三蔵法師は玄奘という人物が元となっておりますが、「三蔵法師」は物語の都合上悟空に頼ろうとする弱々しい人間として描写される反面、「玄奘」はチベットに渡ったお坊さんという事もあり屈強で高潔な人間という認識となっております。なのでこちらは別々の人物として扱います。

その前世、金蟬子

金蟬子(こんせんし)は西遊記の設定上で玄奘三蔵の天界における前世の姿で、釈迦如来の二番弟子をしていた頃の名前です。こちらも別キャラとして扱います。史実ではお釈迦様の弟子に有名な十大弟子がありますが、金蟬子は仏教の逸話に登場しない西遊記オリジナル設定のキャラで、オリキャラ故金蟬子に関しては資料が少ないのですが、蝉という字があることから金色の蝉の化身だと考えることができます。この蝉と弟子入りのキーワードから、釈迦が悟りを開いたとされる沙羅双樹に住まっていた蝉と解釈できます。

つまり、お釈迦様が悟りを開いた時、森羅万象様々な生き物が弟子入りを申し込んだのですが、沙羅双樹に住まう蝉ということから釈迦に近い位置にいたので、2番目の弟子となることが出来たと言う風に作者は考えてほしかったのではないかと思います。また蝉は生まれてから土中に長期間いることから、日の目を見るまで長い時間がかかる大器晩成の代表として考えることが出来、何度も生まれ変わって最後に試練を達成し羽ばたいた玄奘三蔵にはぴったしな前世なのです。 ちなみに一番弟子の方が誰なのかは謎となっております。

しかしこの金蟬子、二番弟子の割にはお釈迦様の教えにあまり熱心に打ち込まなかったためか、修行のために人間界に追放されて三蔵法師となりました。

ドラゴンボールの悟空の宿敵の一人に蝉の化身がいますが、何故蝉だったのかと言うと、実はここから来ていることに気づく人は多くありません。詳細は第二部で話したいと思います。

解説

ドラゴンボールのもう一人の主人公。悟空がこのブルマと出会わなければこの世界は救われなかったので、悟空と共に世界の救世主の一人です。

基本的に欲望と煩悩にまみれた女性でドラゴンボールを集める理由も物欲、食欲、色欲に溢れた大変個人的なものでした。しかしそのわがままで俗人的で臆病な性格、そしてなによりも人使いの荒さは西遊記の三蔵法師と共通するものがあります。

ブルマは玄奘三蔵同様、悟空に法術や仙術といった戦う術こそ教えませんでしたが、誰よりも人としてのあり方を悟空に教えた人物だと言うことを忘れてはなりません。

多くの要素を含んだキャラ

西遊記の三蔵は僧侶なのに対しブルマは科学者なので天才的発明家の能力を生かした火器やホイポイカプセル等を使用した法術以上の戦闘も可能です。その上西遊記で三蔵法師を誘惑した西遊記の各女妖怪の要素も持ち合わせております。例えばイケメン好きで発情しやすい部分は、西遊記で三蔵法師との性交を望み誘惑をした蠍の精や玉兎といった妖怪達の要素まで雑に含んでいるからで、三蔵を誘惑する側の要素まで持っているのがこのブルマです。この蠍の精、以前使えていた釈迦如来にサソリの尻尾の一撃を食らわせているのですが、後にビルスなどの神を恐れない不遜な態度にも繋がります。作中序盤でブルマが意味もなくバニーガール姿となった部分は正に玉兎へのオマージュでしょう。アイテムを駆使する様は羅刹女ですし、その天才的頭脳は文殊菩薩の如しです。

僧侶や聖人とはかけ離れた彼女ですが、その欲にまみれた願望がなければ、悟空とその仲間の出会いはなく、その後何度も世界を救う事には至ることはなかったと考えると、彼女は紛れもなく三蔵法師同様の救世主なのです。

ドラゴンボールの物語をよく見ると、仲間たちは必ずブルマによって導かれ、全ては終始ブルマを中心にまわっているのがわかります。

ホイポイカプセル

ブルマはホイポイカプセルを発明したカプセルコーポレーションのご令嬢なので、ほぼほぼホイポイカプセルの化身です。このカプセルも西遊記に元ネタがあります。それは西遊記での「流沙河」にて沙悟浄との出会いの後に、沙悟浄が首から下げていた九つの髑髏と、サポートに来た菩薩の従者である恵岸の持っていた瓢箪が船となって一行が流砂を渡ったという逸話からきていると考えます。作中でも同様にヤムチャがホイポイカプセルで出した車両で砂漠を渡りましたが、詳細は次項のライバル編でも説明いたします。 

(ブ)ラーマ

「ラーマ」は西遊記の元ネタの一つでもあるの古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」に記されている英雄で主人公の王子です。この物語で西遊記の孫悟空の元ネタ一つである猿神ハマヌーンもラーマに協力して大活躍をするので、むしろこちらのほうがドラゴンボールのイメージに近いかもしれません。

この「ラーマ」が空耳で「(ブ)ラーマ」→「ブルマ」に聞こえたのがすべてのネーミングの始まりで、以後鳥山先生は積極的にこのような外国語を空耳で日本語の単語に変換するスタイルのネーミングを採用することとなったのではないかと考えます。

三蔵法師の女体化

日本ではDB以外の漫画や古くは夏目雅子主演の西遊記等で三蔵法師が女性というネタは散見されますが、僧侶である三蔵法師を女性として描写するのはお坊さんのイメージが強い中国本家では思いつかない大胆な発想で、日本の大胆な女体化メディア戦略の流れ元の一つだとにらんでおります。 

カリン様

西遊記では:太上老君

太上老君は「道教の神」ですが、カリン様は「武道の神」と呼ばれているので字面もちょっと似ています。武天老師の下では主にパワーとスピードといった基本要素を強化した悟空ですが、パワーとスピードに頼った無駄な動きが多かったため武術の達人である桃白白にやられました。そんな悟空に武術の指導をしたのが「武術の神」と言われるカリン様です。とは言ってもその修業を悟空は三日でクリアし、その三日の修行ですごいパワーアップを果たしました。「男子三日会わざれば刮目して見よ」という諺のとおりなのですが、3日でここまでパワーアップ出来た理由は、カリン様との修行によって心のあり方が変わり、空の極意に近づいたからです。なのでカリン塔の修行で悟空が3日で得たものとは、空の教えによる悟りの第一段階だと思われます。心を落ち着かせ、物事の因果により耳を傾けることにより様々な状況に対応できるようになりました。なので桃白白爆発物を投げつけられても、瞬時にそれが爆弾だと理解し蹴り返した部分、これはカリン様との修行で、冷静に物事を見すえることができるようになり因果関係への理解が深まったおかげなのです。

太上老君との共通点

太上老君は天宮で不老不死の霊薬を作っていますが、これと同様にカリン様もカリン塔でDB世界最高の霊薬である「仙豆」を育てております。

また太上老君の姿はウィキによると:

抱朴子』の記述によれば、その姿は、口がカラスに類し、耳の長さは7寸あり、額には縦筋が3本あったとされ、神仙の風貌で描かれている。」

という記述があるのですが、口こそ猫ですがカリン様の耳の長さも大目に見ればそれぐらいな気がしますし、またよく見るとカリン様の頭には縦筋が一本あり、そして左右の筋の代わりに毛が生えているのがわかり、3本の縦筋を意識しているようにも見えます。

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アニメだと「アンニン」という太上老君もいますが、原作には存在しないアニメオリジナル回のみのキャラなので、こちらでは扱いません。

ちなみに西遊記に猫科の妖怪はいますが、登場する妖怪たちは基本的に野生の神獣の化身なのでペットや家畜、つまり猫や犬の妖怪は登場しません。その中では猪八戒だけが家畜である豚なので例外なのです。 

ミスターポポ

西遊記では:恵岸、黒風怪

おそらく菩薩の従者である不思議アイテム師「恵岸」からイメージを取っているのではないかと考えます。また菩薩の弟子になった黒熊の精の「黒風怪」という名前のイメージにピッタシな容貌をしているので関連性も考えられます。

悟空に「無の境地」を伝授した師匠であり、ずっと前の先代から神に仕えてきた謎の存在でしたが後にあの世から派遣された存在だというのがわかります。「超」におけるビルスに従僕する天使のウィスと関係が似ています。  ピッコロ大魔王を倒して自分が一番強いと天狗になっていた悟空を軽く懲らしめるところは釈迦如来的とも言えます。

ボボ・ブラジル

西遊記とは関係のない話ですが、ルックスが人権問題に発展するので海外版では太い唇は修正され肌の色も青にされました。作者は公には「何も考えずにつけた名前(遠い目)」と言っており、元ネタが往年のプロレスラー「ボボ・ブラジル」だと言うことをボカしておりますが「ボボ・ブラジル」の写真を見るとスターポポそっくりなので苦しい誤魔化しだということがよくわかります。(検索してみましょう)このように鳥山先生は大人の事情に気を使い、編集の指示通りに発言するので「何も考えずに名付けた(遠い目)」と言う旨の発言はつまり、「(この名前とルックスだと後に問題になることを)考えずに名付けた(遠い目)」という風に解釈する方が正しいのかもしれません。正に「身勝手の極意」です。

神様(ピッコロ分離体)

西遊記で言う:玉帝

または鳥嶋和彦編集の仏の面

ドラゴンボールを作った人物なので物語登場時は玉帝級の大物でしたが、世界が広がるにつれて単一惑星を監視する中間管理職としての色が濃くなり、更には上位のドラゴンボールも出現したため、どんどん小物になっていく様は見てて悲しいものがありました。実際に神龍を作ったのはミスターポポなので、偉いけど実質的にあまり何もしているようには見えないのは西遊記の玉帝と同様です。ちなみに西遊記の世界でも、昴星等、星の化身である神仙ならたくさんおりましたの。

メタな話ですが、作者の話によるとピッコロ大魔王は無意識に鳥嶋和彦編集を意識して作られているらしいので、その正の面である神様もきっと鳥嶋和彦なのでしょう。鳥山先生の鳥嶋編集への愛が感じられる描写です。また玉帝級の大物なのに中間管理職といったあたり、鳥山先生にとってはまさに鳥嶋編集は中間管理職でありながら神様そのものでもあったのではないかと思います。

北の界王様

西遊記では:托塔李天王 

封神演義では:李靖 

仏教で言う:毘沙門天、

インド神話で言う:クベーラ

ドラゴンボールの悟空がいる世界の界王でこちらは東西南北の銀河のうちの北の銀河を統べる界王様です。西遊記の世界も仏教の教えに準じて東西南北4つの世界があるのですが、北の世界の守護神は毘沙門天です。界王様の触覚はどうやらこの毘沙門天の兜が変化したものだと考えます。そもそもドラゴンボールのあの世の人員構成は仏教の「天部」に近いものだと思っても差し支えないかもしれません。 

毘沙門天の元となったクベーラ神はマングースを使役する蛇の天敵でもあるので、その蛇要素が蛇の道として登場しました。

「托塔李天王」は西遊記で天界を荒らした悟空とドンパチをやった天軍の将で、毘沙門天と同一視されている「封神演義」の「哪吒」のあのドラ親父の「李靖」です。

元気玉

界王様が悟空に授けた有名な大技に「元気玉」がありますが、「李靖」が所持する宝貝『玲瓏塔』という武器、これは巨大化させて敵を押しつぶしたり、中に閉じ込めて押しつぶしながら業火で焼き尽くすアイテムで、球状のエネルギーに敵を包み押しつぶしながら焼く感じの「元気玉」とほぼ同じことをしております。なんとこんなところに「元気玉」の元ネタがあったのは驚きです。

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元気玉に押しつぶされ燃やされるベジータ

破壊神ビルス

西遊記:釈迦如来

仏教で言う:帝釈天

インド神話で言う:破壊神シヴァ、雷神インドラ

色んな要素が混ざったキャラで、釈迦の悟りの一つである、釈迦の「諸行無常」面の体現者である破壊の神。ゴッドとなった悟空に上には上がいると再び知らしめた最新の釈迦如来的存在です。DB超でmp破壊神は12柱いるので、仏教の12神将も連想でき、界王神は梵天的存在なのでそれと対を成すことから12神将の帝釈天が連想されます。 それとビルスの性格は多分にヒンドゥー教の最高神でもある破壊神シヴァから来ている気がします。また雷神インドラは帝釈天と同一の存在で、インドラは孫悟空と同一視されることもある「猿神ハマヌーン」の顎を砕いた神なので、ある意味悟空の天敵なのです。

とにかくいずれも戦闘力がやたら高そうな神様ですよね。

ウィス

キリスト教における:天使

仏教では:菩薩

登場して歴史が浅いためまだまだ謎が多いキャラ、顔立ちがドラゴンボールの東洋系の世界観から逸脱したいわゆる西洋人風で、もしかしたら新たにキリスト教モチーフのキャラかとも思いました。他の宇宙の天使や破壊神を見るとエジプトやヒンドゥーといった世界の宗教も絡んできているので、もっと広い範囲で見ないと元ネタがわかりにくいキャラです。謎を解く鍵は全王様の素性にあると思います。

ただ一つ言えることは、その中性的なルックスと直接手は出さないが人の成長を見守りながら促す様は菩薩と同様です。 

空の教えと師匠達

ドラゴンボールとは「孫悟空」という名前から分かる通り、主人公が「武道」を通じて「空」の教えを悟る物語だと考えることが出来ます。というのもどんな強力な敵でもドラゴンボールでは武器に頼らず体術と気功術などを含む「武術」によって倒しており、そのたびに悟空は人としてより「武道」の高みに達しております。

仏教的にも空の教えの修業の節目には必ず難敵と師匠が表れ、空の教えの次の段階へと悟空を導くという修験者的な物語の構造が見えてくるのです。 

筆者ものこの記事執筆当初はまさかドラゴンボールがここまで仏教の教義に基づくとは思いもよりませんでした。正直ドラゴンボールの物語はもっと適当な作者のいきあたりばったりな妄想で紡がれていると思っていましたが、実は大変教養深いものがベースにある物語だということがわかるのです。これは鳥山先生のみならず「マシリト」こと鳥嶋和彦編集の知識が多分に入っているのではと睨んでいます。

次回、その難敵(ライバル)達と仲間達

第二回では、悟空の味方とそのライバルたちに焦点を合わせて西遊記との関連性を探りたいと思います。セルやピッコロ、天津飯、チャオズを始めとするすべてのメインキャラの意外な元ネタや西遊記との深い関わりについて考察致します。完成までもう暫く待っていただければ幸いです。 

 

コチラは魔観光殺砲に関するお話

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